2016/04/17

熊本地震を受けて〜東日本大震災以降に一児の母になって思うこと〜

熊本地震で被災された方々に、心よりお見舞い申し上げます。
このたびの災害およびその被害に関しては心を痛めるばかりです。前震と本震による被害、そして度重なる余震による人々の不安、恐怖は想像を絶します。一刻も早く状況が改善されることを祈っております。


東日本大震災から5年。熊本地震を受けて、あのとき起きたことを思い出しました。
当時私は東京近郊のビル10階にいましたが、異常なほどの揺れの大きさとその時間の長さを鮮明に覚えています。そのとき手にしていた書類の内容まで。そして、それほどの揺れだったにもかかわらず震源地が宮城県沖と聞いたときの恐怖。全てを抉り、飲み込んでいく津波の映像。震災以降しばらく頻発していた余震。平衡感覚が失われていくさま。スマホの警告音にビクっとなる瞬間。あのとき起きたこと、一つひとつが今でも脳裏に焼き付いています。

パリに住んでいると、ともすれば地震から意識が遠ざかりがちになってしまいますが、今回の災害を受けて、日本は地震と切っても切り離せない国だと改めて実感させられました。帰国したら常に地震のことは頭に入れ、非常時に備えておかねばならぬと肝に銘じます。


そしてもう一つ感じた点。
東日本大震災のときには思い至らなかったこと、「おむつが足りない」、「ストレスで母乳が出ない」、「哺乳瓶の消毒ができない」などという現地の人々の訴えが今回目につくことです。
きっとこれは、東日本大震災のときにはまだ子どもが生まれていなかったのに対し、今は2歳児の母という違いがあるからではないかと思います。

自分と似たような境遇の人が目につくのは当然のこととも言えますが、あんなに大きな災害、東日本大震災のときに何故全く思い至らなかったのだろうかと反省しています。(水、食料といったキーワードには敏感でしたが、おむつやミルクなどといった言葉はおそらく報道されていたにもかかわらず耳に入ってこなかったのです)
と同時に、自分と全く境遇が異なる人々の視点で物事をとらえることがどんなに難しいかを思い知らされます。
きっと、このことを認識してもなお、私の耳には「よく入ってくる情報」と「入ってこない情報」があるのだと思います。同じくらい情報が流れていたとしても。
これは震災に限らず、普段の生活においても言えることですね。


でも、単純にいま2歳児の母として、この瞬間にも、被災地にいる赤ちゃんたちがどうしているのか、清潔な環境下でミルクは足りているのか、きれいなおむつを付けているのか、外で思いっきり遊びたい年頃の子どもたちが限られた避難場所でどうやって過ごしているのか、泣いていないだろうか、おなか空いていないだろうか、心配でなりません。私がここで心配したって何にもならないのは分かっているのですが。。。


今回の災害に対して、私ができることは募金くらいですが、微力ながら現地の復興を応援しています。
被災された方々が、また安心して暮らせるようになれることを心より願っています。


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