2015/11/20

パリおよびパリ近郊の同時多発テロ事件(2015年11月13日)を受けて思うこと、テロ前後で変わった日常生活について

パリで2歳の子どもと生活している者として、
・先日のテロ事件(2015.11.13深夜)の概要。
・事件前後の私の日常。
・個人的に気を付けていること。
・1週間経った今の私の思い。
等々をつらつらと書いてみました。長いです。そしてこのブログでは珍しく感傷的です。
が、この記事を書いたあとは、正常に戻ろうと思います。いつも通りの投稿、パリの情報をお届けしたいと思います。

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【テロ事件の概要】
2015年11月13日金曜日の夜、パリ市内6ヵ所およびパリ近郊1ヵ所でほぼ同時にテロ発生。130名以上の死者、350名以上の負傷者を出す事件となった。
詳細はいろいろな報道が為されているので、簡単に説明すると、
襲撃場所は、レストラン、サッカースタジアム(スタッド・ドゥ・フランス)、コンサートホール(バタクラン劇場)等々。襲撃方法は、銃撃、自爆、爆弾。
中でも1500人以上集まっていたコンサート劇場では、銃撃の末、80名以上の方が亡くなった。
サッカースタジアムでは、犯人が爆弾を場内に持ち込もうとした際に荷物検査で発覚し、犯人逃走。その後自爆テロを起こした。当初の犯人の目論見は、スタジアム内で爆発を起こし、パニックに陥った観客が外に逃げたところでまた爆発させるつもりだったようだ。もし荷物検査で発覚しなければ、更なる大参事を引き起こすところであった。


【襲撃場所と被害の詳細】
・Bataclan concert(バタクラン劇場): 50 Boulevard Voltaire 75011 Paris France(11区。銃撃により少なくとも80名以上死亡)
・Stade de France(スタッド・ドゥ・フランス): 93216 Saint-Denis France(パリ郊外北部。3名の自爆テロ)
・Le Petit Cambodge(カンボジア料理店): 20 Rue Alibert 75010 Paris France(10区。)
・Le Carillon bar(バー): 18 Rue Alibert 75010 Paris France(10区。銃撃により上のレストランと合わせて少なくとも12名死亡)
・La Belle Equipe(レストラン): 92 rue de Charonne 75011 Paris France(11区。銃撃により少なくとも19名死亡)
・La Casa Nostra restaurant(イタリア料理店): 2 rue de la Fontaine au Roi 75011 Paris France(11区。銃撃により少なくとも5名死亡)


【テロ前後の行動・周りの状況】
テロ前日(11月12日):
この日は私と子供の二人、インフルエンザ予防接種の予約をしており、午前中にパリ近郊の病院に行った。その帰り、同じ子連れのお友達に会い、バスに乗りながらおしゃべり。このままどこか遊びに行こうか考えるもお友達のお子さんは風邪気味だったためバイバイして途中下車。アクリマタシオン公園に行ってみるも閉園。前日祝日だったから振替休日~?!なんて思いながら、別の公園で遊ぶことに。その後、子供が注射で泣かなかったお祝いに、Victor Hugoでハーゲンダッツ食べる。すぐ隣のパン屋さんがおいしいとたまたま前日に友人から聞いていたので、買ってみる。(この話はまた別の記事で)うん、おいしい!ほんとおいしい!感動する。と、また別の公園にハシゴして子供と遊ぶ。帰りはメトロにして、途中下車して和食の惣菜やさん(七菜や)に寄って、から揚げやコロッケを買う。そこから家まではちょっと遠いけど子供がまだ元気だったので、30分以上歩いて帰る。この日は12,000歩以上。(なんでこんな何でもないこと長々と書いたかって、最後の段につながっています。)

テロ当日(11月13日):
長くなるので夜だけ書くと、夜、夫はサッカースタジアムに友達と観戦しに行くといって出掛ける。子供と夕飯・お風呂を終え、車などで遊んだあと消防車とトーマスの絵本を読んで寝かし付ける。

23時12分。自分だけの時間~♪を満喫していたとき(このとき少し体調は悪かったのだけれど)、同じくパリに住む日本人の友人からLINEで連絡が入る。「試合のあったスタジアムと10区、11区で襲撃があった」。え?え?体調悪いのなんかどこかへ吹き飛んだ。急いでテレビ付けてパソコン開いて情報収集。フランス語は分からない、日本のニュースはあまり情報出ていない。頼りになった(ならざるを得なかった)のはBBCとCNN。それとParisのTwitter。これはフランス語なのでgoogle翻訳しつつチェック。

23時20分。パリ郊外に住むインド人の友人からもWhatsApp(LINEの海外版のようなもの)のグループで連絡来る。「Whoever staying in Paris, r u all fine?」と。このグループ、HEC Parisに通う学生の配偶者が集うグループで(HEC Partner's Clubと言う。夫がHEC ParisにMBA留学中のため私も入っている。詳しくはこちら参照)、どうやら相当数のHEC Paris学生たちもスタジアムで観戦していた模様。夫と一緒にいるはずの友人がFacebookで無事だと投稿しているのを見て少し安心する。でもスタジアム内は出入りが制限されていて帰れないとのこと。夫はいつ帰ってくるか分からないし直接連絡も通じない。

23時23分。とりあえずWhatsAppには「夫と何人か友人がスタジアムに行っているけど無事だ。でもスタジアムから外に出ることは許されていないので家に帰ってきていない」という旨を返信する。(あとから読んだらスタジアムのスペルがstadiumじゃなくてstudiumになっていた。結構パニくってたみたい。)

23時41分。同じくWhatsAppで何人かスタジアムから帰り始めたという情報をもらう。同時進行でニュースを読んでいると、どんどん犠牲者の数が増えていく。大統領による非常事態宣言もフランス全土に拡大。国境封鎖。不要不急の外出はしないようにとのパリ市長の発言も出る。情報が明らかになるにつれ、事の深刻さに体が震えてくる。心拍数も増える。それを務めて気にしないように平静を保とうとして、Facebookに家族が無事であることを投稿する。

0時53分。日付変わってから夫帰ってくる。でも心拍数は落ち着かない。なぜか?今思い返せば分かる気がする。夫が心配で落ち着かなかったわけじゃない(もちろん心配だったけれど)。自分も十分にテロに巻き込まれていた可能性が高いんだってこと。そしてそれはこの先もそうなんだろうということ。その事実に気が付いて体が震えていた。シリアで起きていた(いる)こと。ISの無差別なテロ攻撃。それが自分の身近で起きて、自分が子供連れて昼間歩いていた場所で起きて、ようやく他人事じゃなくなった。この鈍重さ加減には呆れるかもしれないけれど、悲しいかな、それが私の今までの生き方だった。こんな事を夫に今さら言ったって、大学で社会学を専攻していた彼にはバカにされるだけだろう。この日夫が帰ってきてからお互いほとんど言葉交わさずにそれぞれニュースをチェックしたり友人と連絡を取り合っていた。翌日TGVでブルゴーニュのワイン祭りに行く予定だったけれど、この事件を受けてもちろんTGVもキャンセル(テレビでテロのニュースが流れる傍ら、Yahoo知恵袋にお世話になっていた)。結局就寝したのは4時頃だった気がする。

テロ翌日(11月14日):
朝起きてまずしたこと。子供にテロ事件を伝える。テレビの映像も見せる。2歳の傍若無人な息子は、「大変なことが起きた」と少し理解したようで、公園に行かないことに同意してくれた。それでも外に行きたい欲求は抑えられない。(そりゃそうだ、今まで昼間ベビーカーも抱っこひもも使わず公園いくつもハシゴして、帰る頃には私の歩数は1万歩超えているのが普通だったんだから。私より歩幅が小さく、私が公園で座っている間も動き続ける彼は、毎日2万歩以上歩いていたことだろう。)幸い、住んでいるところに中庭があるので、そこで少し遊んで気をまぎらわす。午後になって、やはりスーパー行こうということに。というのも、パリでは日曜日ほとんどのお店が休みとなる。パン屋もスーパーも。今日行かないとさすがにヤバい。ということで、まだ日が高いうちに、夫と子供と私の3人でスーパーに出掛ける。スーパーの入口には屈強な体のガードマンが複数人。少し安心して中に入ると、土曜日はいつも混んでいるのに、この日は3分の1程度。来週もどうなるか分からないから、食べ物のほかにオムツも買い込んで、どこにも寄らずにまっすぐ帰る。帰り道、バスが走っているのを見る(メトロも動いていた模様)。カフェやレストランは休みのところもあったが、開いているお店もあった。お客は少なかった。

テロ2日後(11月15日):
天気もよく、通りを見てみると、人気は少ないながらも歩いている人はいる。ちょっと公園まで行ってみようということになり、家族3人で出掛ける。最初誰もいなかったが、昼過ぎ、どんどん人が増え、家族連れでけっこう賑わう。テロに屈しない。いつも通りの生活を送る。そんな意思を人々の中に、そして自分自身の中にも感じる。話変わってFacebookでプロフィール写真をトリコロールすることに、なんだかんだ批判が起きていることを知る。要は「何もパリだけが被害者ではない。同数以上の人がこれまでにシリアやレバノンなどで亡くなっているんだ。なぜパリだけ特別扱いするのか、と。」それに対して私が思うことは、後の段で。

テロ3日後(11月16日):
この日がテロ後初の平日。通勤時間帯でラッシュのはずのメトロは空いていたと友達からの情報。人通りはまぁ多いんだけれど、なんとなくギスギスした雰囲気。もし私がテロ事件を知らずにこの光景を見たら・・・?と考えるも、分からない。とりあえずいつも乗るバスは走ってる。でも、人混みには行かないほうがよいだろうし(そもそも行く気になれない)、自宅から歩いていける公園で子供と遊んで過ごす。お昼時、食事くらいはホッコリしたいと思って、前日のエビとムール貝の酒蒸しの出汁を使って、炊き込みご飯を作る。

テロ5日後(11月18日):
前日の夜から子供が39℃超の熱を出す。朝になっても下がらないので、病院に連れていく。バスの乗り継ぎでなかなかバスが来ないので、Uberを使う(タクシーのようなもの。スマホで配車予約できる。詳しくはこちら)。運転手が英語話せる人だったので雑談していると、今朝未明にパリ近郊で犯行グループの拠点のアパートに突入、銃撃戦になり、テロリストが新たに8人捕まったとの情報を得る。近隣住民は作戦開始後に避難させられたらしいが、悲しいことに一般人一名が犠牲になった模様。病院はテロ前日にインフルエンザ予防接種で訪れたときよりも警戒が厳しくなっていた。


【個人的に気を付けていること】
テロ以前:
・子供が小さいため、夜はそもそも外出しなかった。パリに来てから3ヶ月の間に、食事をしに夜出掛けたことが2回あったのみ。
・パリ北側は日中でも出掛けない。特に18区は避けていた。北東部の19区にあるBelleville(ベルヴィル)というチャイナタウンのエリアのみ、日中子連れで出掛けていた。
・メトロや公共の場では常に周りを気にしつつ行動。バッグは目の前に。メトロで居眠りはもってのほか(そもそも子連れなのでその辺は寝る暇もなく大丈夫だったが)
テロ後:
・夜間外出しないのはテロ以前も同様だが、日中も人混みのエリアは避ける。クリスマスイルミネーションも行く予定だったがやめようかと考えている。
・パリ北東部だけでなく、テロが起きた周辺も当分は避けるように。(と思っていたが、移民局から召喚来て、テロから1週間経たずして子どもと二人でバスティーユに行くことに。。。何もなかったですけれど。)

いや、ほとんど何もないんだけどね、きっと。避けてなくてもだいたい大丈夫なはず。でも危険な確率はやはり他に比べたら高い。
だから、一度やむなく行ってみて大丈夫だったからこれからも行く、なんて発想にはならないわ。

少し話がずれるけれど、パリの人口225万人に対して今回のテロ事件の犠牲者(死者)は130人超。負傷者も含めての死傷者数は480人超。
人口に対する死傷者数の割合は0.02%で、これだけ見れば少ないと感じる人もいるかもしれないけれど、0.02%って、10,000人に2人。
一人当たりの交友範囲が平均100人としたら、直接の友人、或いは友人の友人が2人死傷していることになる。
もちろん、交友範囲はお互い重複している部分もあるので、100x100と単純計算はできないけれど。
でも、実際、今回のテロ事件で夫の知り合いの知り合いが一人亡くなった。本当に他人事ではないのだ。これからも。


【パリだけ特別扱いという批判の件】
Facebookでプロフィール写真をトリコロール(三色旗化)することに、なんだかんだ批判が起きている。要は「何もパリだけが被害者ではない。同数以上の人がこれまでにシリアやレバノンなどで亡くなっているんだ。なぜパリだけ特別扱いするのか、と。」
それに対して私が思うこと。以下。

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確かに人の命は、場所を問わず同じだと思っている。
でも、人命が失われることが自分に与える影響は、「誰が亡くなったか」「自分とどんな関係の人が亡くなったか」「どこで亡くなったか」によって変わってくるとしても当然のことではなかろうか。

たとえば、テロでも空爆でもなくて、一般的に病気や交通事故で人が亡くなったとき。
それが身内の場合、友達の場合、過去に仕事でお世話になった方の場合、同じ学校出身者の場合、同じ地域に住んでいた方の場合、全く接点の無かった場合、、
物理的な近さや心理的な近さで、それが自分に与える影響は異なってくる。であれば、その後の行動にも違いが生じる。

今回のケースは、日本人も多く住んでいる、また旅行する街で起こったことであり、心理的には日本人にとってけっこう近かったのだろう。
それを、他のテロのときには何もしなかったのに、今回のときだけ行動を起こすのはおかしいと責めるのは、おかしいんじゃなかろうか。

プロフィール写真をトリコロールした方々は、パリに哀悼の意を捧げてくれているのだろうと私は解釈している。パリに住んでいる自分としては、直接的な知り合いに被害はなかったけれど、知り合いの知り合いに死者が出た身としては、ありがたく受け止めている。

もちろん、今回の件によって、遠い空の下で起きている紛争もより身近に考える人が増えることも願っている。
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【最後に。私の思い。】
今回の件は精神的にけっこうダメージが大きくて、なかなかブログ書く気にもなれず。
もちろん、パリに来る前からこのようなテロのリスクは日本より格段に上がること、知ってはいたけれど、知っていることと実際に経験することは違くて。
ブログ書くということはエネルギー使うわけで、精神的に消耗した自分にはなかなかそちら方面にエネルギーを使う余裕がなかった。
テロ直後こそ、いろいろなニュースサイト閲覧したり情報交換したりしていたけれど、途中から少し現実逃避気味になって、子供寝かし付けたあとはそのまま寝ちゃったり、スマホで銀魂読んでたり。ここ数日で20冊以上買ってしまったし。不謹慎かもしれないけれど。ちょっとしたことですぐに疲れてしまったり。なかなか元の生活に戻るのは難しい。時間がかかる気がする。

このブログの記事で、テロ前後の行動として何故テロ前日11月12日の行動をこんなに長々と書いたかっていうと、テロが起きるまではこれがふつうの毎日だったんだなって自分で振り返ってみて、覚えておきたかったから。
インフルエンザの予防接種というイレギュラーなアイテムはあるけれど、これがショッピングに行ったり動物園に行ったり遊園地に行ったり、と行き先が変わるだけのこと。
毎日、今日はどこに出掛けよう!?と子供と話して、バスかメトロか乗りたいほうを子供に決めてもらって、行き先決めて、出掛けて、出先でお昼ご飯たべて、また別の公園とか行って、遊んで、途中でおやつも食べて、また遊んで、帰ってくる。
道を歩いたり、水たまりを前にして、子供が入っちゃいけないけど入りたいという気持ちと戦って止まったり、結局飛び込んじゃったり、公園でひたすら砂を運んだり、犬の糞が付いてるかもわからない落ち葉を抱えて走り回ったり、段差を見るにつけよじ登っては飛び降りてみて痛い!と声をあげ、自業自得じゃんと突っ込んだり、そんなこんなであっという間に外で6時間くらい過ぎて家に帰る。(夏は8時間くらい外にいたかな)

いつの間にか子育てが「面倒」なことより「楽しい」ことが増えていて。というか楽しいことだらけになっていて。
そんな生活が一瞬で変わってしまう。終わってしまう可能性があるということ。
それに改めて気付かされた。少し、子育てばかりが中心になっていて、自分と子供以外が見えていなかった。「子供と楽しく生きている」ということに舞い上がっていたのかもしれない。

もちろん、子供が楽しく毎日を過ごせるように注力するのは大事だし、それを行っている自分に誇りも持っているけれど、世の中全体も見ないといけない。パリに来る際に仕事をやめた影響もあるかもしれないけれど、「視点」が自分と子供の2つだけになっていた。

自分と子供の2つの視点は大事だけれど、実生活ではもっといろんな視点で世の中を見ていきたい。
テロ事件から1週間。
以上が、体が震えるほど怖かった当日から、現実逃避を経て、もう一度振り返って思ったことです。

ここまでお読みくださり、ありがとうございました。

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